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「捨てたものじゃない」

「捨てたものじゃない」

平成16年6月26日 
静岡新聞 夕刊コラム「窓辺」最終第13回

末吉暁子 

 
とうとう「窓辺」の執筆も最終回になった。当初は、明るくゆかいな話題を中心にと思っていたのだが、そうもいかなかった。

この連載中も、次から次へとテロや殺人や虐待など衝撃的な事件の起こる事!

少子化はますます進み、子供達への調査でも、将来に希望を持てない子供が多いという。子供の本の作家としては、「いったいどうすりゃいいの」と暗澹たる気分にもなる。

そんな折、たまたま仕事で「くまのプーさん」の絵本の抄訳をした。英国の作家ミルンが息子に語って聞かせた「息子とその友だちのぬいぐるみ達の物語」である。

ぬいぐるみ達は、私達の周りにも「こんな人いるいる!」と思わせるほどに個性が際立ち、 それぞれ大真面目でありながら、どこかおかしい。いっとき、憂さを忘れて笑えた。読み終わったあとは胸のあたりがホッコリと温かく、「人生っていいよね」という気分になった。 子供の本って捨てたものじゃない。

子供達が苛酷な環境に置かれていたのは、今に始まった事ではないだろう。 しかし、ユーモアをいちばん解してくれるのも子供達だし、おもしろい物語を渇望しているのも子供達だ。

そんな子供達に、私の本がささやかな楽しみになってくれればうれしいし、ひょっとして大人の読者の心にも届く事があれば、もっとうれしい。

ちょうど、テレビの「ざわざわ森のがんこちゃん」の夏休みスペシャルの脚本が手を離れたところだ。2学期の番組が始まるまでのしばらくの休憩の間、中断していた長編や 新しい単行本のシリーズに取りかかろうと思う。

「窓辺」にお付き合いくださった皆様、「ありがとう!」


~~あとがき~~

『クマのプーさん』の英国流のユーモアと諧謔のスパイスは、本来、かなり大人向けのものです。

しかし、幼児向きに抄訳されても、なおかつ独特の面白さをもっているのは、やはり、ストーリーとキャラクターの魅力でしょう。

やりきれない事件が続いていたときに、たまたま私が触れていたのは、『プーさんのぼうきれあそび』という1編でした。

プーさんが偶然、川に落してしまった松笠が流れに乗って、橋の反対側から出てきたのを見て、みんなでぼうきれを落して、誰のぼうきれが一番早く橋の反対から出てくるか、競走するのです。

そこへ流れてきたのは、おなじみ、ろばのイーヨーです。

「イーヨー! こんなところで何しているの?」と聞かれて返すイーヨーの答えは、何回読んでも笑えます。

ほかのお話もそれぞれに面白くて、読むたび、「ああ、子供の本て、やっぱりいいよね」と思います。 

「活字の魔力 」

「活字の魔力 」

平成16年6月19日 
静岡新聞 夕刊コラム「窓辺」第12回回

末吉暁子

 
つい先頃、知り合いの小学一年生のお子さんが学校の授業で、「ざわざわ森のがんこちゃん」のHPにアクセスしたというのを聞いて 驚いたばかりだった。

佐世保で起きた小学六年生の女児による同級生殺害事件でも、彼女達は交換日記の代わりにホームページでチャットをしていたという。インターネットは 予想外の速さで子供達の間に浸透していたのだ。

交換日記といえば、たいがいの女の子が小学生の頃、 一度は通り過ぎる遊びのようなものだった。私の娘も例外ではない。しかし、たわいもない内容で、悪口が書いてあっても可愛いものだった。

現在は、誰でもが手軽に個人のHPをもてる時代だ。おびただしい文章が書きなぐられ、垂れ流されている。私も垂れ流している一人なので、えらそうな事は言えないが、 ネット上の文章は不特定多数の人が読む。その意味では、出版物などの文章と同じだ。

当事者だけが読む手紙や日記と違って、活字になったとたん、文字は魔力といって いいほどの力をもつ。文字通り活きて動き出す。

私も何度か苦い経験をしたことがある。

面と向かって平気で悪口を言い合える相手だからと、つい同じような調子で夫の事をエッセイに書いて、深く傷つけた事もある。ホームページでも、まさか読んではいまいと思った相手が読んでいて、ひやりとした事もある。

活字になったとたん、言葉は凶器になりうるのだと、身をもって知った。

佐世保の事件の後、子供にインターネットを禁止しろという声も出ているようだが、もう後戻 りはできないだろう。それより、言葉の怖さ、活字の魔力を、まず教えるべきだと思う。


~~あとがき~~


誰よりも父親を愛していながら、言葉が足りなかったばかりに、父であるリア王に疎まれ、辛酸をなめたのはコーディリア王女でした。

真意を言葉で伝えるのが、いかに難しい作業であるか、分かっていたつもりですが、なかなかうまくいかないものです。

上の文章でも、本当に私が言いたかったことは、まだ伝え切れていないような気がします。

いまだに活字からは、しっぺ返しを受け続けています。まだまだ修行が足りないのを、痛感したのもこのエッセイを書いた後でした。 

「読者との距離 」

「読者との距離 」

平成16年6月5日 
静岡新聞夕刊コラム「窓辺」第11回

末吉暁子 
 

人前で話すのは、大の苦手だった。

二時間の講演予定なのに45分で頭の中が真っ白になって、立ち往生した事もある。作家は書いてさえいればいいという思いもあったのだが、今は、各地の読者との触れ合いは楽しみになりつつある。

そんな風に変わったのは、オランダの童話作家R・クロムハウトさん(以下Rさんと略す)の影響もあるかもしれない。

Rさんとは、東京で開かれた「子供の本の世界大会」で知り合った。今でこそ、彼はオランダの子供達に大人気の作家だが、当時はまだ児童書を数冊出したばかりの新人だった。とはいえ、日本滞在中も目を見張る行動力で、さまざまな日本人と交流していた。本国でもさまざまなイベントを精力的にこなしている様子だ。

その後、Rさんは、オランダ翻訳基金などの招きで2度ほど来日し、日本の各地で講演をしている。私も何回かお供する機会があったのだが、Rさんの話しぶりは実におみごと。高い演壇から、さっと飛び下りて観客と同じフロアに立ち、一人一人に語りかけるように進めていく。同じ絵本でも、Rさんの話を聞くことで、どれほどおもしろくなったことか。

実人生では私の方がはるかに年長だったが、師匠のかばん持ちであちこち歩くうちにノウハウを教わったというところだろうか。

近頃はまた、インターネットの普及で読者との距離はぐっと近くなった。

HPの書き込みに返事を書くのは、手紙を書くより格段にらくだし、即座に反響も帰ってくる。匿名で書き込みがあっても、会ったときに名乗ってくれれば旧知の間柄となる。もちろん、いい事ばかりとは限らないが、読者なくしては作家の仕事が成り立たないのは事実だ。
 

~~あとがき~~


R・クロムハウトさんの本を、私は2冊翻訳しています。もちろん英語版から訳したものですが…。

『真夜中の動物たち』(岩崎書店)と

『やい、手をあげろ!』(あかね書房)です。

どちらもウイットとユーモアに満ちたたのしい作品でしたが、残念ながら現在は2冊とも絶版になっています。

当時は、オランダ語のできる翻訳家もあまりいなかったのですが、今は野坂悦子さんという心強い翻訳者がいますから、クロムハウトさんの本も次々、日本に紹介されるようになって、うれしい限りです。

私の本もクロムハウトさんの紹介で、オランダ語版になりました。

『ママの黄色い子象』がそれです。

そして、もうすぐ、『雨ふり花さいた』もオランダで出版されます。

座敷わらしを巡るファンタジーを、オランダの読者がどんな風に読んでくれるのか、楽しみです。

「子供の本の世界大会 」

「子供の本の世界大会 」

平成16年6月5日 
静岡新聞 夕刊コラム「窓辺」第10回 

末吉暁子 
  

1年おきに世界各地で催されるIBBY(国際児童図書評議会)の大会に参加するのは、大きな楽しみの一つだった。
 
18年前の東京大会に初めて顔を出したのだが、子供の本という共通の場に身を置く人たちとの交流は思ったより楽しいものだった。

以来、ノルウエー・アメリカ・ドイツ・スペイン・インド・スイスなど、加盟国の各地で開催されるたびに、追っかけみたいな気分で参加してきた。

職業別の分科会などには、高名な作家も気さくに顔を出す。経済大国も小国も、大作家も作家の卵も、同じテーブルで率直に自国の抱える問題などを語り合う。

とはいえ、私自身はほとんど観光気分で出席していただけだったのだが、少しずつ会議の内容などがわかるようになるにつれ、目からうろこがはがれるように現実が見えてきた。

例えば、先進国で翻訳出版された子供の本の率を比較した報告によると、デンマーク・イタリアは50%以上も外国の本を出版しているのに対しイギリスは4%、アメリカはわずかに1.2%である。これは'95年の数字だが、ちなみに日本は19%。全体の出版点数を見れば、まあまあの数字だろう。しかし、英米の数字を見る限りほとんど他の国の本なんて興味ないんじゃないかと思えてくる。

でも、翻訳であろうがなかろうが本を手にできる国の子供達は幸せだ。世界には、貧困や戦争などが理由で、本どころか文字すら知らずに過ごす子供達があまりにも多いのだ。同時に、そういう子供達に読書の喜びを届けるために、長年地道な活動をしている人たちが世界各地に少なからずいるのを知って勇気付けられたのも、この大会での事だ。


~~あとがき~~


日本も、あれから翻訳ファンタジー・ブームが到来しましたから、翻訳出版された子供の本の率は、19%を大きく上回っていると思われます。

日本の子供の本も、近頃はアジア諸国を中心に、ずいぶん出版されるようになったと聞きます。

しかし、なんといっても言葉の壁は大きいですね。

2004年度の国際アンデルセン賞の日本からの候補者は佐藤さとる氏でしたが、受賞したのは、またしても英語圏の作家でした。

ともあれ、今年も9月に南アフリカのケープタウンで、IBBYの大会が開かれます。

日程のおしまいごろに駆け込みで、私も参加予定です。

「鬼ヶ島から」

「鬼ヶ島から」

平成16年5月29日 
静岡新聞 夕刊コラム「窓辺」第9回 

末吉暁子 
 

半年に一度刊行している同人誌「鬼ヶ島通信」が、もうすぐ出来てくる。

全国に定期購読の会員が800人ほどの小雑誌ながら、次号で通算43号。創刊以来22年目だ。

40歳になるかならないかの意気軒昂な頃、気のあった編集者や画家と雑談中、何か面白いことをしたいねと盛り上がったのが始まりだった。佐藤さとる先生を旗頭に7人で創刊した。それぞれ本業を抱えて忙しかったが、それ以上に自分たちで好きなように書いてみたい、雑誌を作ってみたいとう思いが強かったのだと思う。

創刊当時は気づかなかったが、同人は全員どこか角を隠し持った鬼っ子ばかりだった。今ではすっかり鬼爺鬼婆で、角もかどが取れて丸くなった、というより磨耗してしまったが…。

ともかく私はこの雑誌のおかげで未知の分野に挑戦し続けることができた。初めてのリアリズム長編『ママの黄色い子象』、古代を舞台にした長編『地と潮の王』、座敷童子を主人公にしたファンタジー『雨ふり花さいた』。どれも「鬼ヶ島通信」に連載したものだ。

15号からは、新人の作品募集も始めた。入選者の中からは、すでに何人も作家デビューを果たしている。

もちろん、鬼ヶ島存続の危機も何度か訪れた。経済的な危機、人間関係の危機。同人も何人か入れ替わった。そうこうしているうちに編集者たちは、みんなえらい肩書がついて超多忙になった。それでも、誰もやめようといわない。

数年前には、熱心な読者が「鬼ヶ島通信」ファンサイトのホームページまで作ってくれた。おかげで購読希望者も絶える事はない。ありがたい事だ。


~~あとがき~~


鬼ヶ島の鬼たちは、身内みたいなものですから、ついつい言いたい放題を書いてしまいました。

「全員どこかに角を隠し持った鬼っ子・・」などと書きましたが、考えてみれば、鬼ヶ島の鬼たちに限ったことではありません。誰しもどこかに角を隠し持っているんじゃないでしょうか。

ファンサイトのホームページを作ってくれたありがたい読者とは、いわずと知れた灯台守様のことです。

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プロフィール

catonbooks

Author:catonbooks
児童文学作家 末吉暁子の世界へようこそ!
公式HP「末吉暁子童話マップ」(01~16年)を元に、ちょびっとずつ公開。暁子さんの日記などは大体そのまま掲載しております。
猫とファンタジーを愛した作家の部屋へ、どうぞお立ち寄りくださいね~☆byりさ

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