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『千年の森をこえて』、『ハンター』

『千年の森をこえて』
キャシー・アッペルト あすなろ書房

『ハンター』
ジョイ・カウリー 偕成社

MOE 2011年11月号掲載
書評・末吉暁子


2009年ニューベリー賞銀賞受賞作の『千年の森をこえて』

なんと不思議な物語だろう。今まで読んだどの本の範疇にも入らないような気がする。
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アメリカ、テキサス州東部の深い森に、捨てられたメス猫が迷い込み、小屋につながれたままの孤独な老犬と出会う。

間もなくメス猫は2匹の子猫を産み、老犬とともに家族のように暮らし始める。

だが、この小屋に住んでいたのは、人の愛を知らずに育った冷酷無情な男だった。男に見つかって、母猫は命を落とす。

 
残された2匹の子猫と老犬の、冒険とサバイバル物語であるかのように始まったこの話、背後に、千年も前の神話的な挿話が立ち上がってくるにいたって、俄然、複雑な色調を帯びた重層的な響きを奏でだす。

 
森を流れる川のほとりに立つ老樹の根本に、千年もの間、1個の甕が埋まっている。

中には、ヌママムシの婆と呼ばれる魔性の生き物が閉じ込められていた。

 
しかし、老樹は雷にうたれて傷つき、余命は長くない。

婆は、老樹の寿命が尽きて、甕から解き放たれるときをひたすら待っている。

 
物語の中では、千年前のヌママムシの婆の家族への愛と喪失、小屋に住む冷酷で孤独な男の狩りへの執念、そして老犬と子猫たちの家族としてのきずなを巡る物語が並行して語られる。


すべてを見守っているのは、森の木々だ。森で繰り広げられる生き物たちの悲しみや怒り、絶望や裏切りなどすべてを見てきた木々たちは、愛の擁護者だ。

木々だけが使える古来からの魔法を使って、愛する者同士を守ってくれる。

 
これは、時を越えた壮大な愛の物語でもあり、そこに貫かれるのは、森を神聖なものとするネイティブ・アメリカンの精神世界だ。

一見無関係なまま進んできた三つの物語は、不思議な偶然によって引き寄せられ、終章でひとつに溶け合う。

 
手に汗握りながら、老犬や子猫たちの運命を見守ってきた読者も、ここでほっとして頁を閉じることができる。
 
この物語を読んで思い出したのは、少し前の刊行になるが、ジョイ・カウリーの『ハンター』だ。
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ニュージーランドを舞台に、飛行機事故で不時着した現代の少年少女と、200年前のマオリの奴隷少年ハンターとの二つの物語が、やはり並行して語られる。しかし、「内なる目」を持つハンターと現代の少女とは、時を超えて互いを幻視することができる。

 
ふたりが意外な縁で結ばれていたことが明かされる終章は感動的だ。

この作家の名前、聞き覚えがあると思ったら、前回、私がここで取り上げた『ヘビとトカゲ きょうからともだち』の作者だった。

 
多彩な分野に挑戦しながら、ニュージーランドという風土に根をはって、ゆるぎなく立ち続けている創作姿勢がまぶしい。

『ヘビとトカゲ きょうからともだち』、『チビ虫マービンは天才画家』

『ヘビとトカゲ きょうからともだち』
ジョイ・カウリー アリス館

『チビ虫マービンは天才画家』
エリース・ブローチ 偕成社

MOE 2011年8月号掲載 
書評・末吉暁子


今月のキーワードは「虫と人」。 ただ、ヘビと聞いただけで身震いし、ゴキブリを見かけただけで叫び声をあげる人には、ちょっと刺激が強すぎるかな?
 
でも、ちょっと待って!
 
虫たちに言わせれば、「人間だってぼくらと同じ生き物」なんだし、私に言わせれば「天は人の上に人を作らず。人の下に虫を作らず」だ。


『ヘビとトカゲ きょうからともだち』は、砂漠を舞台に繰り広げられる、文字通りヘビとトカゲの友情物語。 というより、この二匹の関係、なんだか、どこかのご夫婦みたい。
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ヘビはちょっと気位の高い気難しい奥様で、トカゲは、がさつで気がいいけどおせっかい。二匹は、食べ物の好みも生活スタイルもまったく違うから、話がかみ合わないのは無理もない。ささいなことからけんかが始まり、そのくせ、すぐに仲直り。

 
こんな夫婦って、ほんとにいそう。シニカルなユーモアたっぷりで、くすくす笑いながら読まされてしまうのは、私にも身に覚えがあるからかしら。
 
でも、終章の「死の川」に登場する怪物の正体が明かされると、作者の深い意図に気づいて、厳粛な気分になる。

 
もう1冊の主人公、チビ虫マービンは甲虫としか書いてないが、挿絵からすると、ゴミ虫みたいな存在だろうか。
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ニューヨークの高級アパートのキッチンの、流しの下の収納庫に、家族といっしょに住んでいる。
 
このアパートの人間の少年との間に友情が芽生えるのだが、チビ虫が人間の言葉をしゃべったりするわけではない。あくまで人間は人間、虫は虫という現実世界での掟は崩していないところがミソ。

 
しかも、チビ虫は前足をインクに浸して細密画を描くという驚くべき特技を披露する。マジで? と口をあんぐりあけたいところだが、まあ、絵を描く象や猫だって実在するんだから、絶対ありえないとはいえない。

 
たまたま、少年の部屋から見た夜景を紙に写し取った絵が、ドイツのルネッサンス期の画家デューラーを思わせる大傑作だったことから、物語は思いがけない方向に発展する。
 
細密画は、当然、少年が描いたものと思われ、それをきっかけに一人と一匹は、デューラーの絵画を巡る盗難事件に巻き込まれることになる。

 
荒唐無稽ともいえる設定だが、みょうにリアリティーがあるのは、人間の登場人物がいかにもニューヨーカーっぽいことや、実際に起こった絵画の盗難事件が下敷きになっていることなどがあるからだろう。

 
まるで次元が違う世界に生きている人間と虫とが、どのように意思の疎通を図り、力を合わせて盗難事件を解決していくのか。

途中からは、マービンが虫だということも忘れるくらい、ハラハラドキドキ、ページを繰るのももどかしくなるのはうけあい。

『哲夫の春休み』、『ボグ・チャイルド』

『哲夫の春休み』
斎藤敦夫 岩波書店

『ボグ・チャイルド』
シヴォーン・ダウド ゴブリン書房
 
MOE 2011年5月号掲載 
書評・末吉暁子


「ガンバの冒険」シリーズといえば、なつかしく思い出す人も多いのではないのだろうか。

’82年、『ガンバとかわうその冒険』を書き終えて以後、作者の斎藤さんは筆を折ったかのように次作を発表することはなかった。

20年以上もの歳月を経て発表されたのが、『哲夫の春休み』だ。
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実は、前作を書き終えてすぐに、自伝的な要素を含む物語を書き始めていたのだが、どうしても筆が進まなかったのだという。

20年以上も机の奥にしまって置かれた、その原稿に再び向き合わざるをえなかったのは、2年前のご子息の急逝がきっかけだったそうだ。


作家には、書かなくてはいけないといくら思っても、書けないときはある。

こうした長い産みの苦しみと、現実に作家の上に起こった辛い出来事とを経て、一つの物語が誕生したことを思うと、作家に作品を書かせるものは何なのかと、改めて考えさせられた。


『哲夫の春休み』は、「人の心に深い陰影を与える時間の不思議さ」を探ろうと意識したタイム・ファンタジーだ。

中学入学を前に、父親と一緒に、父の故郷、長岡に旅をすることになった哲夫。

父親はなぜか新幹線ではなく、各駅停車で行くことに決めていた。ところが、図らずも一人旅をすることになり、不満を抱えながら旅に出た哲夫だったが、行きの列車の中から、不思議な出来事が起こり始める。

前触れもなく、過去に起こった出来事が眼前に繰り広げられ、哲夫を巻き込んでいく。


過去と現在が錯綜し、微妙に絡まりあいながら、明らかに、今を生きる哲夫につながってくる。

哲夫の目を通して語られる風景は、作者自身の自叙伝的な風景でもあろう。
取り立てて大きな事件や冒険が語られるわけでもない。

だが、風の音や人物の息遣いまでも感じられるていねいな描写を通じて、一人の少年が心の成長をとげる様が鮮やかに伝わってくる。


北アイルランドを舞台にしたYA小説『ボグ・チャイルド』も、過去と現在のドラマが同時進行的に語られていく異色のタイム・ファンタジーだ。

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国境近くの村に暮らす高校生ファーガスは、紛争に明け暮れる村を出て、英国の大学に進み、医者になることをめざしていた。

が、ある日、湿地で少女の遺体を発見する。

泥炭の作用で生々しく保存された遺体には、絞殺のあとがあった。

遺体はいつの時代のものなのか。少女の死因はなんなのか。


以来、ファーガスの夢の中では、少女が生きた時代のドラマがリアルに進行していく。

一方、ファーガスの兄は抵抗運動の末、獄中でハンガー・ストライキを決行、死の淵にある。

兄を救うため、ファーガスはある決断をする


少女の死の謎と、現実の物語の行方を追って、読み始めたら最後まで頁をめくらずにはいられない。

爽やかな風の吹き渡るような読後感が心地よい。

『ピスタチオ』、『幸せの器』

『ピスタチオ』
梨木香歩 筑摩書房

『幸せの器』
おぎぜんた 偕成社

MOE 2011年2月号掲載
書評・末吉暁子


たまたま、アフリカ関連の本を2冊立て続けに読んだ。内容も読者対象もまったく違うけれど、2冊ともにさわやかなグリーン系の装丁だったのが符号のようで興味深かった。

1冊は、梨木香歩さんの『ピスタチオ』。

主人公は女性のライターで、ペンネームを「棚」という。画家のターナーから来ているのだ。

そういえば、梨木さんの初期の作品『裏庭』でも、主人公の照美と「tell me!」とかけている部分があったように記憶している。

梨木さんは、語感のスイッチをたくさんお持ちなんだなあと舌を巻いた。


棚は、出版社に勤めていたこともあったが、ストレスに耐えかねてアフリカに脱出。ケニアのナイロビで数ヶ月を過ごす。

帰国してからは、ライターとしてそこそこ認められる仕事をしている。と同時に、雌犬を買い始めるのだが、この犬の体調に異変が起こるのが物語の発端だ。


そこからは、何者かに導かれるように、全ての物事が、再び棚がアフリカに向うべく運んでいく。

アフリカに渡った棚を待ちかまえていたのは、呪術、憑依、ジンナジュ・・・神秘の世界だ。


ジンナジュというのは、中近東の物語世界でもしばしば登場するジン(精霊)のような存在だそうだ。

奇妙な符号に導かれるまま流れに乗った棚は、ついに書名でもある「ピスタチオ」にたどり着く。


どこまでも一人で突き進んでいく棚のあとを、迷子になるまいと必死でついていく子供のように、私も、幻想と現実のない交ぜになった神秘の世界をさまよってきた。


その幻惑から覚めやらない折に、目に付いたのが『幸せの器』だ。


こちらは、現実にアフリカのケニアに農業技術者として在住する詩人が、初めて書いた子供向けの物語だ。


主人公は、12歳の少年。

両親をあいついでなくしたために、兄弟はバラバラになり、少年は、会ったこともない遠縁のおばに引き取られていく。しかし、そこは極貧にあえぐスラムだった。


生きるため、貧者達からさえ蔑まれているスカベンジャー(ゴミ拾い)をしながら、少年はさまざまな出会いをし、たくましく生きる知恵を身につけていく。

描かれるのは、目を覆いたくなる惨状だ。

しかし、最底辺の暮らしの中でも、前向きに暮らし、少年に力を貸してくれる人々もいる。


そんな中の一人が言う。

「幸せはね、小さい器に入れるものなんだよ。小さいとすぐいっぱいになって、満足するだろう。」

この貧困の前で、この言葉が効力を発揮するものだろうかと、ため息が出る。


最終的にスカベンジャーの暮らしから抜け出すことのできた主人公のような少年は、あくまで特殊な例だろう。

それでも、作者は、実際に難民やスラムに住む人たちと肌で触れ合う中で、人間という存在に、限りない希望を見出したからこそ、この物語を書いたにちがいない。

『見習い魔女ティファニーと懲りない仲間たち』、『少女イス 地下の国へ』

『見習い魔女ティファニーと懲りない仲間たち』
テリー・プラチェット  あすなろ書房

『少女イス 地下の国へ』
ジョーン・エイキン  富山房

MOE 2010年11月号掲載 
書評・末吉暁子


この夏、読みたい本をドカンと積んで、よりどりみどりで毎日一口ずつかじっていくという至福の読書を堪能した。が、結局、やっぱりおもしろい本は一口では止まらなくなって、途中からイッキ読みになったのだった。

それが、今回ご紹介する『見習い魔女ティファニー・・・』『少女イス・・・』

2冊ともに、作者は英国屈指のストーリーテラーだったことに、妙に納得。まさに物語の勝利という感じ。

『見習い魔女ティファニー・・』のほうは、数年前にここでご紹介した『魔女になりたいティファニーと奇妙な仲間たち』のその後の物語。
 
祖母の血を引いて、無自覚ながらも優秀な魔女の素質を持ったティファニーが、フライパンひとつで妖精の女王を倒し、さらわれた弟を助け出したのは9歳のときだった。 あれから2年。11歳になったティファニーは、すでに自分の歩むべき道を自覚し、見習い魔女として、先輩魔女の元に行く。

しかし、今回、ティファニーにねらいを定めて、じわじわと追ってくるのは、かつてない強敵だ。危険を察知し、ティファニーを助けようと、これまた彼女を追ってくるのは、前巻でも活躍した小人の妖精族、ナック・マック・フィーグルズたちだ。

青い体に赤い髪のこの妖精たちも奇妙奇天烈この上ないが、ティファニーが弟子入りする魔女のミス・レベルも、相当に奇天烈。

 
本書には、魔女のオンパレードといってもいいほどさまざまな魔女が登場するが、ティファニーを初めとして、かわいかったり、かっこよかったり、ロマンチックだったりする者は皆無だが、妙にリアリティーがある。

シニカルなユーモアと新鮮な驚きに満ちた細部の描写を重ねながら、ティファニーと強大な敵との対決に至る物語の運びは、さすが。このあと、13歳になったティファニーが登場する物語もあるらしい。ティファニーの魔女としての成長ぶりが楽しみだ。

一方、『少女イス・・・』は、『ウィロビー・チェースのオオカミ』に始まる「ダイドーの冒険」シリーズの第7巻目。1作ずつ主人公が代わっていくので、独立した物語としても楽しめる。

ロンドンの町から、一人、また一人と子供達が消えていき、王の息子までが行方不明になる。その謎を追って、少女イスは、単身、地下の国へ乗り込んでいく。

物語は波乱万丈、勧善懲悪、古典的ともいえる筋運びだが、決して荒唐無稽ではなく、こんなこともあり得ただろうと思わせるリアリティーに満ち満ちている。

胸のすくようなイスの冒険は、頁を繰り始めたら止まらなくなる。

作者のエイキンは、全12巻にわたるこのシリーズの最終巻を完成させて間もなく79歳の生涯を閉じている。

エイキンに、物語の大切さを教えてもらった私としては、限りなく哀悼の念を捧げるものである。

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Author:catonbooks
児童文学作家 末吉暁子の世界へようこそ!
公式HP「末吉暁子童話マップ」(01~16年)を元に、ちょびっとずつ公開。暁子さんの日記などは大体そのまま掲載しております。
猫とファンタジーを愛した作家の部屋へ、どうぞお立ち寄りくださいね~☆byりさ

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