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『ミナの物語』、『いつもいつまでもいっしょに!』

『ミナの物語』
デイヴィッド・アーモンド 東京創元社

『いつもいつまでもいっしょに!』
フース・コイヤー 福音館書店

MOE 2013年2月号掲載 
書評・末吉暁子


『肩胛骨は翼のなごり』で日本にも熱狂的な読者をもつ英国の作家、デイヴィッド・アーモンドが、'12年秋、来日。

日本の各地で講演会やワークショップを行った。ワークショップでは、創作を目指している若い学生や作家志望の人たちに、アーモンドは、「書きたいと思ったら、書くこと。書き続けることが、何よりたいせつ」と、淡々としかし熱く自身の体験を語ってくれた。

書くことを目指している人たちには、大きな励みになったことだろう。


最新作『ミナの物語』は、『肩胛骨・・・』で、主人公のマイケル少年の友達として登場し、鮮烈な印象を残した少女ミナの物語だ。

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自由奔放に発言し行動するミナは、「愚かでわがままでしつけがなっていない」と、とことん学校の教師からうとまれる。

不登校になったミナを全面的に理解し受け入れ、自宅学習という道を選ぶ母親の姿が毅然として美しい。

そんなとき、隣家に引っ越してきたのが、『肩胛骨は・・・』の主人公マイケル少年の家族だ。


『ミナの物語』は、終始、木の上からこの家族の事を見守っていたミナが、勇気をふりしぼってマイケル少年に声をかけるところで終わっている。

そう、これは、時系列的には、『肩胛骨は・・・』より先の話になる。だから、先に本書を読んでもいいのだが、実は、このときすでにマイケル少年は、古びたガレージの中にいる不可思議な存在と出会っていて、後に友達になったミナといっしょに、深く関わっていくことになる。

だから、やっぱり、『肩胛骨は・・・』を先に読んでおいたほうがいいかもしれない。


もう1冊、『いつもいつまでもいっしょに!』の主人公ポレケもまた、詩を書くことが大好きで、どんなときも自分の思いを率直に表す少女。

もし、ミナとポレケが出会うことがあったら、二人はいい友達になれるだろう。

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ポレケも、なかなかシビアな環境にいる。両親は離婚しているが、父親はホームレスのような暮らしをして、しょっちゅう母親に金の無心にくる。

それでも、ポレケにとってはかけがえのない大好きなパパなのである。

クラスには好きな男の子もいるのだが、宗教の壁に阻まれる。

さまざまな人種が住み、同姓婚も認められたオランダではあるが、宗教の壁は厄介なのである。

さらにポレケに追い討ちをかけたのは、なんと、担任の先生と母親が恋に落ち、いっしょに暮らし始めたことだ。

家に帰っても、担任の教師がいるなんて、最悪!


それでも、まっすぐまっすぐ歩いていくポレケがさわやかだ。

『サラスの旅』、『八月の光』

『サラスの旅
シヴォーン・ダウド  ゴブリン書房

『八月の光』
朽木祥 偕成社

MOE 2012年11月号掲載 
書評・末吉暁子


『サラスの旅』は、ロンドンの養護施設で育った14歳の少女が里親のもとから家出し、実の母親との再会を夢見て旅するロード小説だ。 こう書くと、いかにもありがちな設定だが、一味違う。

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ブロンドのかつらをかぶり、万引きした流行りのワンピースに着がえた少女は、ぐっと大人びたゴージャスな少女に変身。

それゆえ危険も増すのだが、そのつど少女は知恵をふりしぼって切り抜け、ひたすら、母親のいるはずのアイルランドを目指す。


記憶の中の母親は、若く美しいダンサーだ。同棲相手の暴力から逃れるために、心ならずも幼い娘を残して逃亡しているのだ。

母親が残してくれた琥珀の指輪を心の支えに、前へ前へと向う少女の旅は爽快だ。

もちろん、少女の無謀な試みにつきあわされる読者も、次から次へとスリリングな体験をすることになるのだが、この少女、なかなか魅力的で、こんな娘と一緒にドライブしたら楽しいだろうなとさえ思えてくる。

旅の途中で出会う人々も、それぞれが陰影深く描かれる。

旅の終わりには、意外な結末が待っているが、この結末にも、読者は大いに納得し、共感するだろう。


作者のシヴォーン・ダウドは、'06年に作家デビューし、発表した作品がいずれも受賞するなど高い評価を受けながら、翌年、47歳の若さで亡くなっている。

本書は、以前ここで紹介した『ボグ・チャイルド』と同様、生前書き溜めていたものを没後に出版したものだそうだ。

あふれる才能を、短い期間で次々と開花させたダウドは、自らの死期を悟っていたのだろうか。


一方、『八月の光』は、テーマも場所も内容もまるで異なるが、同じように深い感動を呼び起こす作品だ。

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八月の光とは、ずばり、67年前の夏、ヒロシマに落とされた一発の原爆の閃光のことである。

あの朝、ヒロシマでは、一瞬で7万の人々の命が奪われ、その年の終わりまでに10万を超える人々が亡くなった。


本書に書かれているのは、あの日あの場所にたまたま居合わせた人たちの三つの物語だ。

独立した別々の物語ながら、登場人物たちは互いにどこかですれちがい、関わりを持っている。


「雛の顔」「石の記憶」「水の緘黙」の3篇に登場する人物は、たしかに私たちの身近にいるし、ひょっとしたら私自身であったかもと思わせるほど、圧倒的なリアリティーを持っている。  


選び抜かれた日本語で描写されたあの日の記憶は、まさに筆の力によって、美しいオブジェのように永遠に作品に封じ込められた。 ご自身が被爆2世である作者は、この理不尽さへの震えるような憤りを、魂を削るような思いで書き綴っていったのだろう。

『ニルスが出会った物語1 まぼろしの町』、『ネジマキ草と銅の城』

『ニルスが出会った物語1 まぼろしの町』
セルマ・ラーゲルレーヴ原作 福音館

『ネジマキ草と銅の城』
パウル・ビーヘル 福音館

MOE 2012年8月号掲載 
書評・末吉暁子


『ニルスのふしぎな旅』といえば、ご存知、100年以上も子供達に読みつがれているスウェーデンの名作童話。

いたずらが過ぎて小人にされてしまった少年ニルスが、ガチョウの背に乗って旅し、行く先々でさまざまな物語と出会う話だ。私自身が小学生のとき、図書室で出合って以来、ふしぎな物語のとりことなった思い出の本でもある。


本書は、そのニルスが出合うさまざまな物語の中から6つを選んで、オールカラーの挿絵とともにシリーズ化した最初の1冊である。

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昔、高波に襲われて海底に沈んでしまったが、百年に1度、1時間だけ地上によみがえってくるという伝説の『まぼろしの町』。

その間に、町の商人が、生きている人間に何か一つでも物を売ることができたら、町は復活できるのだという。


町を救うことができなかったニルスの悔恨や哀しみは、去年、東日本を襲った津波で海沿いの美しい町々を失った私たちの思いに通じるものがあって、いっそう胸に深く染み入ってくる。  

画家の平澤朋子さんは、もともと『ニルスのふしぎな旅』の大ファンで、本書のために、スウェーデン各地を取材したという。

北欧の自然が、美しく力強く再現されているのも、本書の大きな魅力だ。


私ももう十年以上も前になるが、スウェーデンを一人旅した折に、ファールンという町で、たまたま足を踏み入れたのが、作者のセルマ・ラーゲルレーヴの記念館だったことをなつかしく思い出した。


『ネジマキ草と銅の城』は、オランダで'64年に出版されて以来、子供達に読み継がれている名作童話だが、美しい装丁挿絵で新たにお目見えした。

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物語の舞台は、年老いた王と野ウサギが住む、どことも知れない銅の城。

消えかけた王の命を救うため、まじない師は「ネジマキ草」を探す旅に出る。


まじない師は、王の命を永らえるため、行く先々で出会った生き物たちに、王の前で物語を語ってくれるよう頼んでいく。

かくして、銅の城には、入れ替わり立ち代り動物たちがやってきて、さまざまな物語を語る。


ふしぎな話、面白い話、ほほえましい話、ハラハラドキドキする話。

いわゆる「枠物語」、話中話の形式であるが、この中で語られるお話は、何しろ、消えかけた王の心臓の鼓動をよみがえらせるのであるから、一つ一つが文句なく面白くなければならない。
 

もちろん、作者はそのシバリをクリアしつつ、バラバラに見えたそれぞれのお話を、終章で、王の出自と銅の城の歴史に、みごとに織り込んでいく。  


作者のP・ビーヘルは、このあと、やはり同じ枠物語の形式で、『夜物語』というさらなる傑作を残している。

古いお屋敷の屋根裏部屋で暮らす小人のもとに迷い込んできた妖精の身の上話。

こちらもぜひとも読んでほしい。

『ジェンナ』、『それでも三月は、また』

『ジェンナ』
メアリ・E・ピアソン 小学館

『それでも三月は、また』
谷川俊太郎ほか 講談社

MOE 2012年5月号掲載 
書評・末吉暁子


ジェンナ・フォックス。17歳の少女。1年半前に交通事故に会い、目覚めたのは2週間前。自分の名前はおろか、家族のことも、感情の表現の仕方も、歩き方さえもわからなくなっていた。

ジェンナが眠っている間に、地球上ではついに野生の白熊が絶滅し、史上ふたり目の女性大統領が誕生していた。 そう。これは、現在ではなく近未来の物語なのだ。

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ジェンナは、記憶喪失なのか? 読み進んでいくにつれ、読者は、これは単なる記憶喪失ではない、背後に何か大きな秘密が隠されているのだと、うすうす感じ、やがて、驚愕の真実を知らされることになる。

2008年にアメリカで出版されるや、「SFと医療サスペンスと青春小説をブレンドした新しいYA」などと、各誌で絶賛され、数々の賞を受賞した力作だ。

作者のピアソンは、今アメリカでもっとも期待を集めるYA作家だそうだ。本書でも、先端医療の細部だけでなく、17歳の少女がおかれた特殊な状況を、精神と肉体の両側からていねいに掘り下げて描き、親子の葛藤や、思春期の少年少女の感情の微妙な揺らめき、淡く切ない恋の感情など、青春小説の永遠のテーマも外していない。

若い読者の共感を呼びつつ、「人間って、何?」「愛って、何?」という根源的な問いを突きつける、その手法はお見事。


衝撃的な現実を乗り越えて、未来へ向う・・・という意味では、『それでも三月は、また』も、ぜひ手にとってほしい1冊だ。

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2011年3月に発生した東日本大震災と、続く原発の重大事故。あの忘れられない日を心に刻む17人の作家や詩人が綴った胸に迫るアンソロジーだ。

谷川俊太郎の「言葉」は、まさに「瓦礫の下の大地から」発芽する「言葉」を力強く歌っている。

多和田葉子の「不死の島」は、2017年に再び太平洋大地震が起こってから6年後の日本の未来像が、リアルに迫ってくる衝撃的な内容だ。

重松清の「おまじない」は、人の心から心へ伝わっていくかすかな灯のような絆を描いて、暖かい。

いしいしんじの「ルル」は、被災してすべてを失った子供達が暮らす大部屋で飼われていた犬の物語である。しかしこの犬は、ペット厳禁の大部屋で子供達が創り出した、言わば「エアー犬」なのだ。心身ともに深く傷ついた子ども達を癒すエアー犬ルルを、ルルの視点から描いたこの短編には、限りなく心をゆさぶられた。

このアンソロジーには、ほかにも、小川洋子・川上弘美・川上未映子・池澤夏樹・角田光代・古川日出男・明川哲也・佐伯一麦・阿部和重・村上龍などのほか、英米の詩人や作家も名を連ねている。日米映、同時発売だそうだ。

きっと、あなたの心にも深く響く1篇が見つかるにちがいない。

『昭和二十年夏、子供たちが見た日本』、『春を恨んだりはしない』

『昭和二十年夏、子供たちが見た日本』
梯久美子 角川書店

『春を恨んだりはしない』
池澤夏樹 中央公論新社

MOE 2012年2月号掲載 
書評・末吉暁子


『昭和二十年夏、子供たちが見た日本』は、第二次世界大戦の終結した昭和20年に10歳前後の子供だった10名の著名人に、ノンフィクション作家、梯久美子さんがインタビューした記録だ。

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梯さんのアンテナにひっかかったのは、作家の五木寛之さん、角野栄子さん、梁石日さん、俳優の児玉清さん、中村メイコさん、映画監督の山田洋次さん、倉本聡さんらのほかに、人形作家やピアニストや実業家など、実に多岐に渡る分野の方たちだ。

あの日からすでに66年たっているというのに、10人の語るその頃の出来事は、眼前に見るように鮮明だ。 しかも一人として似た体験はない。

同じ疎開体験や引き揚げ体験でも、語る内容は千差万別。血を吐くような思いで体験を吐露する人もいれば、むしろ楽しそうに語る人もいる。

でも、子供と言う無力な存在であった彼らは、親の都合だけでなく、国家という抗うことのできない力で、二重に翻弄されることになる。

朝鮮半島のピョンヤンで終戦を迎えた五木さんは、当局の「市民は軽挙妄動せず現地にとどまれ」という言葉を信じた父親や家族とともに現地に留まり、辛酸をなめる。

以来、「公の放送がとどまれと言ったら逃げる、逃げろと言ったらとどまると言うのを指針にしてきました。」と五木さんは笑うが、今回の大震災後の混乱に思いを重ねると、とても笑えない重い言葉だ。


一方、『春を恨んだりはしない』は、行動し思索する作家池澤夏樹さんが、東日本の大震災を巡って、折々、考えたことをまとめた一冊だ。

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震災以来、ずっと池澤さんの頭の中に響いていたのは、シンボルスカの「眺めとの別れ」という詩だという。

「またやって来たからといって 

春を恨んだりはしない・・・」

詩人が夫をなくした哀しみのあとで書いた詩だそうだ。

この春、被災地でも、いつもと同じように緑は萌え、桜は咲いた。自然の無情さに泣いた人もいただろうし、わずかばかりの慰めになった人もいただろう。

世界各地を巡り、居住した経験を持つ池澤さんは、日本人の国民性を作ったのは、度重なる災害ではないかと思うにいたる。

だからこそ、あの戦争の災禍をも一種の天災と受け止め、戦争責任を追及して後始末をするよりも、速やかに忘れて前に出る道を選んだのではないかというのだ。

そんな日本人の諦めのよさや無常観をあまり好きではなかったのに、今回のあまりにも大きな震災を前にして、忘れる能力もまた大事だと思えるようになったと言う。


この震災をきっかけに、日本人の心の中に変化がうまれ、求めているのはモノではないと、うすうす気づく人たちが増えていることを感じ、希望に満ちた言葉で結ばれている。
 
私もそうあってほしいと切に思う。

Extra

プロフィール

catonbooks

Author:catonbooks
児童文学作家 末吉暁子の世界へようこそ!
公式HP「末吉暁子童話マップ」(01~16年)を元に、ちょびっとずつ公開。暁子さんの日記などは大体そのまま掲載しております。
猫とファンタジーを愛した作家の部屋へ、どうぞお立ち寄りくださいね~☆byりさ

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