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バーゼルの大会で思った事

バーゼルの大会で思った事    

末吉暁子
2003年MOE5月号


2年に一度世界各地で開催されるこのIBBY(国際児童図書評議会)の「子供の本の世界大会」には、16年前の東京大会以来、ほとんど出席している。

もちろん、ほとんどが観光気分で参加しているだけだが、子供の本という共通の旗印の下に、世界各国から集まってくる老若男女たちの間に身を置くのは、思いがけず居心地がよかったのだ。さまざまな出会いの中で、思いもかけないお付き合いが始まったりもする。おそらくこの大会がなければ訪れる事もなかっただろう町のたたずまいも、なつかしく蘇ってくる。

私にとって、IBBYの大会とは、そのような場所だった。

2002年の秋に、スイスのバーゼルで開催された大会に出席したのは、スコットランドの旅を終え、オランダのアムステルダムに立ち寄った後だった。

開会式の当日。ホテルに着いたのは、すでに開会式が始まろうという時刻だった。

大あわてで着替えだけして会場にいってみると、なんと、空港並みのセキュリティーチェック。それもそのはず。創立50周年を記念するこの大会には、日本の美智子皇后とエジプトのムバラク大統領夫人というお二人のVIPが出席なさっていたからだ。

美智子皇后様のスピーチは、日本のメディアでもくり返し報道されたから、ご記憶の方も多いだろう。深い叡智と示唆に富むものだった。

「私がこのたびバーゼルにまいりましたのは、私自身がかつて子供として、本から多くの恩恵を受けたものであったからです。」と述べられたように、ご自身の子供のころの読書体験や、母親としての個人的な体験を通して語られたものだけに、いっそう感動が大きかった。

とりわけ、「生まれて何も知らぬ 吾が子の頬に/母よ 絶望の涙を落とすな」と武内てるよさんの詩を朗読されたときは、皇后様ご自身の歩んでこられた長くきびしかった道のりに思いをはせずにはいられず、胸が熱くなった。

今回の大会への参加は、皇室史上初めての皇后様の単独のご旅行だと聞いた。

世界各国の方々と自由に交流する貴重な機会を邪魔してはいけないと、日本からの参加者は遠くからそっと見守っている申し合わせだった。

しかし、翌日の市庁舎でのレセプションでは、お帰りがけ、遠くから会釈をした私の方に、皇后様は、弾むような足取りで近づいてこられた。まるで女学生のように生き生きした楽しそうな表情を拝見して、ああ、皇后様は、心からこのひとときを楽しまれているんだなと、私まで心が浮き立ってきたのだった。

たまたま、数年前、いちどお話をさせていただいた事があるだけなのだが、そのあと、拙著の『雨ふり花さいた』もお読みくださって、人を介してご感想も賜った。翌日、会場ですれちがったときには、「あ、末吉さん!」とお声までかけていただいた。その明晰な記憶力に舌を巻いた。

大会最後の日の分科会も、楽しい雰囲気にあふれていた。

専門家ごとの分科会では、私は、「作家・翻訳家」の会に顔を出したのだが、さまざまな国からの顔ぶれに混じって、数年前、国際アンデルセン賞を受賞した米国の作家、キャサリン・パターソンさんも出席されていた。小さな分科会なので、円陣に座って、ごく率直に自国の抱える悩みや個人的な意見などを交換し合う。

経済大国も小国も、大作家も作家の卵も、同じように気安く話せる。そんなところも居心地がいいのである。

このように、この大会は、私にとっては楽しい思い出が積み重なっていく場所なのだが、もちろん、そればかりではない。

いみじくも、皇后さまがスピーチの中で触れられたように、「貧困をはじめとする経済的、社会的な要因により、本ばかりか文字からすら遠ざけられている子供たちや、紛争の地で、日々を不安の中にすごす子供たちが、あまりにも多い」現実を、目の前につきつけられる場所でもある。

今年、国際児童図書普及賞を受賞したアルゼンチンの読書運動家からは、「麻薬や銃の売買に従事させられている子供達」に本を届け、読書の喜びを知ってもらう活動の報告がされた。

そんな国が特殊かといえば、とんでもない。

世界には、読書どころか、学校の教科書ももてず、文字の読み書きすら満足に習う事もできない子供たちが、まだまだたくさんいるのである。

同時にまた、そういう子供達に読書の喜びを届けるために、長い年月、地道な仕事を続けている大人たちもたくさんいることを知って、勇気付けられる。

しかし、書き手の一人として何ができるだろうかと考えたときに、心にうかんできたのは、その年、国際アンデルセン賞を受賞した英国の作家エイダン・チェンバースがシンポジウムでいった言葉である。

「私(作家)の仕事はいい物語を書くことであり、メッセージを書くことではない。」

そう。私もまた非力ながら、子供達に読書の喜びを与えられる「物語」を紡いでいきたいと心から思う。          

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児童文学作家 末吉暁子の世界へようこそ!
公式HP「末吉暁子童話マップ」(01~16年)を元に、ちょびっとずつ公開。暁子さんの日記などは大体そのまま掲載しております。
猫とファンタジーを愛した作家の部屋へ、どうぞお立ち寄りくださいね~☆byりさ

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