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「だめでもともと」

「だめでもともと」

平成16年5月22日 
静岡新聞夕刊コラム「窓辺」第8回 

末吉暁子 


書くことを薦めてくださったのは、児童文学作家の大御所である佐藤さとる先生だ。

編集者だった頃、打ち合わせが終って雑談をしているとき、冗談とも本気ともつかない口調でおっしゃった。「末吉さんも書いてみませんか。ぼくでよければ読んであげますよ」と。

育児と仕事との両立は思ったより大変で、ひそかに退社を考えている時期でもあったから、ありがたいお申し出に飛びつきたいのは山々だ。しかし、まとまった文章を書いた事もなかった私に、童話など書けるとも思えない。

ところが、同席していた画家の村上勉さんも、帰り際、熱心に書くことをすすめてくださった。

「だめでもともとだよ。書いてだめだったら、宝くじを買ってはずれたと思えばいいじゃない」と・・。

宝くじを買うのと作品を書くのとでは、同じはずれるにしても全く違うと、今ならツッコミを入れるところだが、そのときは、ふとその気になった。「だめでもともと」とは、実にいい言葉だった。

はじめて書いてみたのは、「母親のお古のコートを着た女の子が、母親の少女時代にタイムスリップする」短編だった。

母親の少女時代の風景は、私が少女時代を過ごした沼津市のあちこちから借りてきた。最初に女の子が足をふみいれる小さな神社は、子供の頃よく遊んだ近所のお宮さんだ。冬になると境内には銀杏の落ち葉が金色のじゅうたんのように散り敷かれる、あのお宮さんの風景なら、目をつぶってでも書けたのである。

幸運にも、私の書いたものはハズレとはならず、その短編を長編にのばした作品で二つの新人賞をいただいた。『星に帰った少女』がそれである。


~~あとがき~~


その後も、「だめでもともと」をモットーに、いろいろなことをやってきました。

うまくいったときもあれば、やっぱりだめだったときもあります。

それで元々と思えば、へこむこともないのですが、時として、元も子もなくなるほどのダメージを受けることも、やっぱりあるんですねえ。

ま、そういう時は、「見逃しの三振」よりは「空振りの三振」のほうがいいと、納得するしかありません。 

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児童文学作家 末吉暁子の世界へようこそ!
公式HP「末吉暁子童話マップ」(01~16年)を元に、ちょびっとずつ公開。暁子さんの日記などは大体そのまま掲載しております。
猫とファンタジーを愛した作家の部屋へ、どうぞお立ち寄りくださいね~☆byりさ

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