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「子供の観客」

「子供の観客」

平成16年4月10日 
静岡新聞夕刊コラム「窓辺」第2回

末吉暁子 


アンデルセンの誕生日の4月2日は「国際子どもの本の日」なのだそうだ。これを記念して、私の属するJBBY(日本国際児童図書評議会)でも、3月28日、東京大崎で、「本をひらけばたのしい世界」と題して、読み聞かせや歌、人形劇などさまざまなイベントを行った。

私は主催者側の一人だったので、ペープサートで参加する事になった。ペープサートといっても一般の大人には耳慣れない言葉だろうが、紙の人形を切り抜いて割りばしを刺し、舞台のうしろで動かす人形劇のようなものだ。

去年あたりから、ときどきこのペープサートを演じる機会があるのだが、関わりのある編集者やらテレビの「がんこちゃん」で知り合った声優さんやらを巻き込んで、総勢7,8人にもなる大人数で演じていた。子供の本の編集者といっても、案外、日常は、ほとんど子供と接する事がないものだ。慣れない仕事でフーフーいいながらも、編集者たちはけっこう楽しそうだった。

しかし、今回は予算ゼロ(!)だという。声優さんにお払いする足代も出ないとなっては仕方がない。私が一人でやるっきゃない!

無謀は承知の上だが、自分の書いた作品を演じるのだから下手でも許されるというものだ。と勝手に決めて臨んだものの、小さな観客たちは真剣そのもの。会場の前の床に座り込んで、それこそ食い入るように全身全霊で見てくれた。こういう子供たちを前にしては、演じ手も真剣にならざるを得ない。

最近、母親たちの間で子供達への読み聞かせがはやっているという。わかるような気がする。何より演じ手自身が充たされるのだから。

『犬心』、『おいでフレック、ぼくのところに』

『犬心』
伊藤比呂美 文藝春秋

『おいでフレック、ぼくのところに』
エヴァ・イボットソン 偕成社

MOE 2013年11月号掲載
書評・末吉暁子


私はどちらかといえば猫派だが、たまたま立て続けに目に付いたのが犬の本で、読み始めたらたちまち引きずり込まれた。

飼い犬との交流を綴った名作は、これまでにもさんざん書かれているが、伊藤比呂美さんの『犬心』にも、じわっと泣かされる。

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本書はきっと、犬派で、かなり犬のことを知っている(と思っている)人が読んでも、目からうろこが落ちるような思い、そう、文字通り「犬心」を知らしめてくれるのではないだろうか。


作者はアメリカ人と結婚してカリフォルニアに住んでいるが、熊本の実家では、老いた父親が一人暮らしをしているので、介護のため、2つの国を行ったりきたりしている。

アメリカで飼っている2匹の犬のうち、タケは訓練を受けた屈強で賢いジャーマン・シェパードの雌犬だった。

でも、哀しいことに、犬は人間の何倍もの速さで老いていく。13歳になったタケは、人間で言えば、すでに90歳の老人だ。

作者は、すっかり"死体っぽくなった"タケの寝姿に、老父の寝姿を重ね合わせる。

うーん、この表現にはうなった。思い当たること、私にも、ある。


アメリカ人と日本人の飼い犬に対する考え方の違いも浮き彫りにされていて興味深いし、犬のうんちに関する薀蓄も満載でおかしみを超えて哀切極まりない。

作者は文字通り東奔西走しながら仕事をこなし、現実生活に降りかかるさまざまなトラブルをふり払いふり払い、老犬と老父と、二つの生と死に立ち会い直視して描写する。

そこに感傷が存在する余地がないだけ、なおさら胸に迫って、否応なく、「死とは?」「生とは?」と考えさせてくれる。


一方、『おいでフレック・・・』は、児童文学の王道を行く冒険活劇物語だ。

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大金持ちの息子ハルは、長い間夢見ていた犬との生活が現実のものとなって、喜んだのも束の間、両親から手ひどい裏切り行為を受け、心を閉ざしてしまう。

しかし、思いがけない場所で、その子犬と再会したとき、少年は、これまでの何不自由ない(と思われていた)暮らしをすべて捨て去る大きな決断をする。


物語はここから大きく動き出し、読者を目くるめく冒険の世界へ誘ってくれる。

ここには、イボットソンの得意とする幽霊や妖怪は登場しない。

かわりにたくさんの犬が登場する。

でも、やっぱりこれはファンタジーだと思う。

3年前、85歳で死去した英国のファンタジー作家、イボットソンの遺作だ。

最晩年の作であっても、この起伏に富んだ手に汗にぎる冒険物語! まさに脱帽して合掌・・・・・・。

『発電所のねむるまち』、『嵐にいななく』

『発電所のねむるまち』
マイケル・モーパーゴ あかね書房

『嵐にいななく』
L・S・マシューズ 小学館

MOE2013年8月号掲載
書評・末吉暁子


しばらく前に送っていただいていた『発電所のねむるまち』

タイトルのせいかな。なんとなくノンフィクションだと思っていたが、頁を開いて見れば、美しいカラーの挿絵がふんだんに入った絵物語、しかも、読後にじわじわと効いてくる強烈なメッセージ性もこめられた極上の文学作品だった。

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物語は、マイケルが、50年ぶりに英国の海辺の故郷に足を向けるところから始まる。

50年も帰らなかったのは、取り返しのつかない苦い思い出があったからなのだ。

町に近づくごとに、マイケルの胸に少年時代の思い出が鮮やかによみがえる。


いじめっこに、レモンキャンディを分けてやらなかったばっかりに、袋叩きにされてしまったマイケル少年。

助けてくれたのは、たまたま通りかかったタイ人の女性、ぺティグルーさんだった。

彼女に介抱されたことがきっかけで、マイケルは、変わり者と思われていたペティグルーさんの数々の謎に触れることとなる。

作者の少年時代の思い出がこめられた美しい湿地で、ペティグルーさんとともに過ごした幸福な日々。

そんな幸せな日々をすべて失うことになったのは、この町に原子力発電所が建設されたからだった。

ぺティグルーさんは追い立てられ、町の人たちもバラバラになる。

しかし、故郷に帰ってきたマイケルが目にしたものは、すでに老朽化のため廃炉になった発電所の建物だった。


福島の原発事故の記憶も新しい私たちに、この作品は重い課題を突きつけている。

モーパーゴは、先ごろ映画になった『戦火の馬』の作者でもある。


一方、『嵐にいななく』は、やはり英国のどこかの村の少しだけ未来の物語。

自然がますます猛威をふるい、地球上の資源も乏しくなって、人々は、ペットを飼うことも許されず、エネルギーの使用も制限されている。

妙にリアリティーがあるのは、すでに私たちがその兆しをかすかに感じ取っているからだろうか。

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洪水に襲われて別の町に引っ越したジャック少年と家族は、隣家の姉弟と親しくなる。

車椅子に乗っている弟のマイケルは、ジャックのいちばんの理解者となる。

殺処分される運命だった馬を引き取って、なんとか運送に使えるようにしようと悪戦苦闘するジャック。

しかし、馬は人間の思惑通りには動かない。

少年と馬の交流は、単なる動物文学の域を超えて生々しく胸に迫る。

登場人物すべてが内面から描かれているため、マイケルの年齢が初めて明かされるラストは衝撃的だ。

『ふしぎな八つのおとぎばなし』、『夜の小学校で』

『ふしぎな八つのおとぎばなし』
ジョーン・エイキン 冨山房

『夜の小学校で』
岡田淳 偕成社

MOE 2013年5月号掲載 
書評・末吉暁子


ジョーン・エイキンといえば、『ウィロビーチェイスのおおかみ』のような手に汗にぎる冒険物語から、『とんでもない月曜日』など、ピリッとスパイスの効いたナンセンス・ファンタジーまで、生涯で百冊以上もの童話や小説を遺して'04年に亡くなった英国屈指のファンタジー作家だ。


そのエイキンの新刊『ふしぎな八つのおとぎばなし』は、なんとまあ贅沢なコラボレーション!

国際アンデルセン賞画家賞など数々の賞に輝く絵本画家、クェンティン・ブレークのオールカラーの挿絵付きだ。

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八つのお話は、おとぎばなしというだけあって、姫や王子や魔女が登場する架空の国の架空の時代が舞台なのだが、そこはエイキン。

乾いたユーモアと遊び心に満ちた極上の物語ばかり。

なにしろ、香り玉をなくしたお妃が、持っていった者にかける呪いときたら、「一週間に一度ピンクのヘビになりますように・・・・それから、いつも定期券をなくして、コンタクトレンズを入れるたびに落としますように。・・・」などという、時代設定など無視したとんでもないものなのだから・・・。


火星人が、邪魔になった怪獣や恐竜を地球に捨てる話もあれば、宇宙がひとつにまとまるはるか以前、惑星をボールに、星座をゴールにしてサッカーに興じていた天使たちの壮大な話もある。

艶のある上質の紙の頁をめくりながら、時空を軽々ととびこえて羽ばたくエイキンの自由奔放な想像力の世界を味わうのは至福のひと時だった。


ふしぎなお話のてんこ盛りという点では、こちらも負けてはいない。

岡田淳さん描くところの『夜の小学校で』

ただし、こちらは、時間的にも空間的にも「夜の小学校」限定だが・・・。

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小学校の図工専任教師として38年間勤務した経験を持つ岡田淳さんは、在任中から、小学校を舞台にした数々の傑作ファンタジーを発表している。

これも小学校を舞台にした連作短編集だ。


桜若葉小学校というところで夜警の仕事をすることになった若者が出会うのは、なぜか校舎にもたれて座り込んでいる巨大な男だったり、とつぜん夜警員室に入ってきてスープを作ってくれるウサギだったり・・・と、どれも"ありきたり"じゃない発想とたくらみに満ちていて、夜の小学校では本当にこんなこともあるかもしれないと思えてくる。

すべてのふしぎの源、中庭のクスノキは、同じく桜若葉小学校を舞台にした前作『カメレオンのレオン』にも登場する。

こちらも読んでみると楽しいと思う。

『オズの魔法使い』の魅力

『オズの魔法使い』の魅力

MOE 2013年3月号掲載 
書評・末吉暁子


子どもの頃、大好きだった本。改めて読み直してみたが、やっぱり面白くて夢中で頁をめくってしまった。

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竜巻に巻きあげられたドロシーが降り立ったのは、魔法に満ちた極彩色の世界。

心がほしいブリキ男、脳みそがほしいかかし、勇気がほしいライオンなど、意表をついたキャラが次々と登場し、奇想天外な冒険がテンポよく繰り広げられていく。


ドロシーが、銀の靴や笛、金の帽子といった魔法のアイテムをゲットしながら進んでいくのは、今で言うゲームの展開そのものだ。
銀の靴の魔力だけが最後まで明かされないのも心憎い。

一見、荒唐無稽に見える物語だが、そうはならないのが、細部にリアリティーがあるせいだ。


ドロシーやライオンなど生身の生き物は、旅の途中であっても、ちゃんと食事や睡眠をとる。

旅の道筋も、地図を作ってたどってみたけど矛盾はない。

しかも、ドロシーたちが会いに行くオズの大王の正体は、小気味いいほどに読者の予想を裏切ってくれる。


ボーム自身がプロローグで言っているように、「ただ子ども達を楽しませるためだけに」、あの手この手を使ってオズの世界を創造した作者の姿は、一人で必死にさまざまなキャラを演じていたオズに、どこか重なって見えた。

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Author:catonbooks
児童文学作家 末吉暁子の世界へようこそ!
公式HP「末吉暁子童話マップ」(01~16年)を元に、ちょびっとずつ公開。暁子さんの日記などは大体そのまま掲載しております。
猫とファンタジーを愛した作家の部屋へ、どうぞお立ち寄りくださいね~☆byりさ

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